東京地方裁判所 昭和37年(ワ)3682号 判決 1963年6月24日
判 決
東京都墨田区寺島町七丁目四五番地
東出宗兵衛方
原告
白木和夫
右訴訟代理人弁護士
近藤与一
近藤博
近藤誠
同都渋谷区大山町一番地
被告
古賀祐光
同都港区芝金杉川口町一五番地
東日印刷ビル四階
被告
株式会社ニツポンエコー
右代表者代表取締役
古賀祐光
右訴訟代理人弁護士
田中常治
右訴訟復代理人弁護士
斉藤俊一
右当事者間の損害賠償事件について、つぎのとおり判決する。
主文
1 被告らは、各自、原告に対し五六九、四一〇円およびこれに対する昭和三七年八月一日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
4 この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「1、被告らは、各自原告に対し六二五、四五〇円およびこれに対する昭和三七年八月一日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の割合の金員を支払え。2、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因及び抗弁に対する答弁としてつぎのとおり述べた。
一、原告は、昭和三六年一〇月三日午前一時五分頃自転車に乗つて泪橋方面から白髭橋方面に向つて進行し、荒川区南千住町三丁目一〇三番地先道路上にさしかかつた際、後方から進行してきた訴外塚田勇の運転する自家用乗用車(ビツグ52年型ロードマスター箱型、三―な―〇九五三号、以下被告車と称す)に追突され、路上に転倒し、よつて右大腿部複雑骨折、右腓骨骨折、全身打撲症の傷害をうけた。
二、被告古賀は、被告会社の代表取締役であり、被告車を所有するものであるが、この自動車を被告会社の営業のために使用することを許容し、被告会社は訴外塚田をこの自動車の運転手として雇い入れ、被告古賀のためおよび被告会社のためにこの自動車を運転させていた。訴外塚田は常に右自動車の鍵を所持し、この自動車で被告古賀をその自宅から被告会社まで送り届けた後、あるいは被告会社のために、あるいは被告古賀個人のために終日右自動車を運転し、最後に被告古賀を被告会社から自宅まで送り届けていた。本件事故当日、塚田は、被告古賀を自宅まで送り届けた後常に所持していた右自動車の鍵を使用し、再度右自動車を運転した際にこの事故を起したのである。
1、従つて、被告古賀および被告会社は、いずれも自動車損害賠償保障法三条の規定によつて原告がうけた後記損害を賠償すべき義務あるものである。
2、仮りに然らずとするも、被告会社はその事業のために訴外塚田を雇い入れ、訴外塚田は運転に際し酒気を帯び、制限外の50粁の速度を出し、前方及び左右の注意を怠るという自己の運転上の過失にもとずいて被告会社の事業の執行に関し本件事故を起したものであるから、被告会社は民法七一五条一項の規定により使用者責任を負うものである。
三、しかして、本件事故によつて、原告がうけた損害は、つぎのとおりである。
(一) 本件事故の日である昭和三六年一〇月三日から昭和三七年六月三日まで訴外北条病院(台東区浅草馬道三丁目九番地)に入院し、治療をうけたことにより支出した費用 二八三、九七九円
(二) 得べかりし所得の喪失 二〇一、六〇〇円
原告は本件事故当時荒川区日暮里九丁目一一〇九番地花寿司こと有限会社小畑商事に寿司職人として雇われ、月収二五、二〇〇円を得ていたが、本件事故によつて前記のとおり入院加療中八ケ月間働くことができなかつたので、その間収入がなかつたことによるもの
(三)、慰藉料(1)、本件事故は、深夜に生じた轢き逃げ事故であり加害者の発見がおくれたことからうけた原告の精神的苦痛は大きく、(2)、原告が前記のように長期にわたつて入院治療につとめなければならなかつた肉体的、精神的苦痛は甚だ大きく、(3)、原告が資力なく、入院費等を支払うことができないため早期退院したものであるのに、被告は入院当初の頃入院費の一部を支出したのみで放置して顧みない。その無感覚な態度は原告に与える精神的苦痛を倍加し、(4)原告の負傷はまだ完治せず、跛行であつて歩行の際には足が痛むためいまだに松葉杖を使用しなければならない状態であつて、就職もできないのである。これらの事情を斟酌するときは、原告がうけるべき慰藉料の額は三〇四、九七一円をもつて相当とする。
(四) 以上合計七九〇、五五〇円に対し被告会社は一六五、一〇〇円を支払つたから、差引額六二五、四五〇円がうけた損害ということにある。
五、よつて、原告は、被告ら各自に対し右六二五、四五〇円とこれに対する右損害発生の日の後である昭和三七年八月一日以降右支払ずみにいたるまでの民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。
六 (一)被告が本訴請求にかかる損害に対し原告主張の金額を超えて弁済したことは否認する。(二)訴外内藤勝之が訴外塚田のために被告主張のとおり弁済したことは認める。
被告ら訴訟代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁および抗弁としてつぎのとおり陳述した。
一、請求原因第一項の事実は知らない。同第二項のうち被告古賀が本件事故の当時被告会社の代表取締役であり、かつ本件自動車が被告古賀の所有であることおよび被告会社が訴外塚田を運転手として雇つていたことは認めるが、訴外塚田は、被告古賀をその自宅に送り届けた後、自己の私用のために本件自動車を運転中本件事故を起したのであつて、被告古賀のためにも、被告会社のためにも本件自動車を運転していたものでないから、被告らが本件事故について責を負うべきいわれはない。訴外塚田の運転上の過失の点は知らない。むしろ、原告が飲酒酪酊して自転車に乗り道路の中央部をハンドルをフラフラさせながら蛇行していたために自動車に衝突したのであつて、本件自身の過失によるというべきである。
請求原因第三項の事実は全部争う。入院費等として被告が一九万円を支払つた外、塚田勇の兄内藤勝之が塚田のために入院治療費として合計五六、〇〇〇円を昭和三七年七月二七日以降昭和二八年二月二八日の間に支払つている。
二、仮りに、被告らに損害賠償義務があるとしても、原告に過失があつたこと前叙のとおりであるから、損害額の算定に際してはこれらの事情をも斟酌されるべきである。
(立証関係)<省略>
理由
一、請求原因第一項(本件事故の発生及び原告の受傷)の事実は<証拠―省略>によつてこれを認めることができ、これに反する証拠はない。
二、請求原因第二項(責任原因)について審究するに、被告古賀が本件事故当時被告会社の代表取締役であり、かつ本件自動車が被告古賀の所有であることおよび被告会社が本件事故当時訴外塚田勇を自動車運転手として雇つていたことは当事者間に争がない。この争のない事実に<証拠―省略>を合せ考えるときは、被告古賀は、その所有にかかる本件自動車を被告会社に提供し、被告会社は、その雇入にかかる塚田勇をして本件自動車に代表取締役たる被告古賀をのせて自宅と会社との間を送り迎えさせていたものと認めるのが相当であるから、被告らはともに自動車損害賠償保障法三条本文にいう自己のために自動車を運行の用に供した者にあたるというべきである。しかして、<証拠―省略>を合せ考えれば、訴外塚田は、本件事故の前日である昭和三六年一〇月二日には夕方被告古賀を本件自動車でその自宅に送り届け、そのいいつけでその友人を都立大学附近まで送り、その後(車庫が修理中であつたため)近所のガソリンスタンドに本件自動車を預けるべきであつたのを被告古賀にも被告会社にもことわりなしに私用のために乗り出し深夜までバーを呑み歩いた後に本件事故を起したものであることを認めることができる。そうしてみると、本件事故の原因となつた自動車運転は、被告両名および訴外塚田の主観においては明かに被告両名のためにしたものといえないけれども、平素本件自動車を被告らのために運転する塚田が、被告らのためにする運転の延長において起したものであつて、被告らはいずれも訴外塚田の運転を許容し、又は抑止することができる地位にあつたものであるから、客観的にはこれをやはり被告等のためにしたものと認めるを相当とすべく、被告らは、格別の免責事由を主張立証しない限り、本件事故によつて原告がうけた身体傷害による後記損害を賠償すべき義務あるものといわなければならない。しかして、被告等は、本件事故は、訴外塚田の過失によるものでなく、原告が自転車操縦上犯した過失によるものなる旨主張するけれども、これを確認するに足る証拠がない(元来被告等が本件損害について免責をうるためには、被告塚田の無過失、原告の過失を主張するだけでは足らないこと自賠法三条但書の規定から明かである)から、被告らのこの主張は採用しない。したがつて、また後記認定の損害額の算定に際つては原告の過失を斟酌する余地もない。
三、請求原因第三項(損害)について判断するに、<証拠―省略>を綜合すれば、原告が(一)、(二)の各損害をうけたことを認めるに十分である。また原告の本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故の日である昭和三六年一〇月三日から昭和三七年六月三日まで訴外北条病院に入院して治療に従事し、退院後も白髭橋病院に通院して治療に従事しているにもかかわらず、原告の負傷はまだ完治せず、歩行の際には跛行であつて痛みを覚え、いまなお松葉杖を使用しなければならないため就職することができない状態にあることを認めることができる。これらの事情からすれば原告が本件事故によつてうけた精神的肉体的苦痛は甚だ大きいというべく、当事者双方が主張するその他諸般の事情を斟酌するときは、これが慰藉料の額は原告主張の三〇四、九七一円を優に超えるものと認めるのを相当とする。
四、果してしからば被告等は、各自、原告に対し以上合計七九〇、五五〇円を賠償すべき義務あるものであるが、これに対し被告会社が一六五、一〇〇円を支払つた旨の原告の自陳に対し被告らは(1)被告会社の支払額は一九万円であり、(2)なお加害者塚田のために五六、〇〇〇円が支払われている旨主張するから審接するに、(1)<証拠―省略>を合せ考えれば被告会社はその職員である訴外堤吉彦の手を通じて北条病院に対して一九万円を支出したことになつているが、他方北条病院から発行されている領収証(乙七号証の一ないし六)によればその領収総額は一八二、一五〇円となり、しかもそのうちには成立について争のない甲第二三号証によつて認められる本訴請求に含まれていない附添婦須永菊に対する看護料一七、〇一〇円が含まれていると考えられる(乙第七号証の二参照、金額に若干の差異があるけれども、被告側に有利にこのように認定する)から、本訴請求にかかる入院料に対しては一六五、一四〇円が被告会社から支払われているものと認めるのが相当である。(2)、訴外内藤勝之が訴外塚田のために原告主張のとおり本件損害の賠償として五六、〇〇〇円を支払つたことは当事者間に争がない。したがつて、右二口会計二二一、一四〇円を控除するときは、被告等の原告に対し支払うべき賠償金額は五六九、四一〇円となる。
五、原告の請求は右金額とこれに対する損害発生の日の後である昭和三七年八月一日以降右支払ずみにいたるまでの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべきであるが、これを超える部分は理由がないとして棄却し、訴訟費用の負担について民訴九二条、九三条一項但書前段の規定を仮執行の宣言について同一九六条一項の規定を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二七部
裁判官 小 川 善 吉